今回は、兼好法師が「最高の癒やし」について語った第二十一段を紹介するね。
毎日バタバタしてると、何に癒やされるかってマジで大事だよね。
兼好さんが、ある人たちの「推し自然」についての議論を聞きながらたどり着いた、「究極のデトックス方法」について、ギャル語で深掘りしてみよう!
徒然草第二十一段の原文

この段の原文は以下の通りです。一緒に読んでみましょう。
萬のことは、月見るにこそ慰むものなれ。ある人の、月ばかり面白きものはあらじといひしに、またひとり、露こそあはれなれと争ひしこそをかしけれ。折にふれば、何かはあはれならざらむ。
月花はさらなり、風のみこそ人に心はつくめれ。岩にくだけてきよくながるる水のけしきこそ、時をもわかずめでたけれ。「沅・湘、日夜、東に流れ去る。愁人のために止まること少時もせず」といへる詩を見侍りしこそ、あはれなりしか。嵆康も、「山沢に遊びて、魚鳥を見れば、心楽しぶ」と言へり。人遠く、水草清き所にさまよひありきたるばかり、心慰むことはあらじ。
徒然草第二十一段のポイント解説

この段では、自然の美しさの中で何が一番かという論争を紹介しつつ、最終的には「人里離れた自然の中に身を置くこと」の素晴らしさを説いています。
📘キーワード解説
・萬(よろづ)のこと:世の中のあらゆる悩みや、すべての出来事。
・露こそあはれなれ:月よりも、草木に降りる「露」のほうがエモいという主張。
・愁人(しゅうじん):悩みがあって悲しんでいる人のこと。
徒然草第二十一段のエモ語訳
この段をエモ訳してみました。一緒に読んでみましょう。
そもそも、「推し自然」論争が平和すぎる
世の中の悩みって、だいたい月を見てれば癒やされるもんだよね。
ある人が「月以上にエモいものなんて、この世にないでしょ!」って言ったのに対して、別の人が「いやいや、露(つゆ)こそが至高でしょ!」って言い返してケンカしてたんだけど、そのやり取りがマジで平和すぎて笑える。
というか、ぶっちゃけ季節やタイミングが良ければ、何を見たってエモいんだけどね。
だけど、風と水のコンボは反則級
月や花がきれいなのは当然として、風の音って、なんかダイレクトに心に「くる」よね。
あと、岩にぶつかって白く弾けながら流れる水の景色。
あれはマジで、いつ見ても最高すぎる。
昔の詩にも「川の流れは悩んでる人のために止まってはくれない」ってあったけど、そのドライな無常観が逆にエモいんだよね。
結局のところ、ソロキャンプが最強
有名な賢者も「山や川で遊んで、魚や鳥を見てるのが一番楽しい」って言ってる。
結局、人間関係とかSNSとかから離れて、誰もいない水のきれいな場所をフラフラ散歩する。
これ以上のデトックスって、この世にないと思う。
心のモヤモヤを消したいなら、ガチの自然に飛び込むのが一番の近道だよ。
徒然草第二十一段の言いたかったこと
兼好法師がこの段で言いたかった結論は、
何が一番美しいかを競う必要はない。自然はいつ、どこで見ても、私たちの心を癒やしてくれる。特に、流れる水や風のように、常に変化し続けるものに身をゆだねることで、自分の悩みがいかに小さいか気づかされる。たまには人間関係をシャットアウトして、ピュアな自然の中で「ぼっち散歩」を楽しむ時間を持つべきである。
ということです。
徒然草第二十一段のキーワードは、「人遠く、水草清き所にさまよひありきたるばかり、心慰むことはあらじ」。
私たちも、たまにはスマホを機内モードにして、近所の公園や川べりを歩いてみたいですね。
ソロキャンプについての本を読んだ後の感想を「ブクスタ」で書くと、誰かのためになるかも。


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