今回の徒然草第十段は、兼好法師による「理想のルームツアー」回だよ!
徒然草第十段のテーマは、ズバリ「部屋には性格が出る」。
「金持ちアピール全開のギラギラした部屋はダサい!」と一蹴し、本当にセンスがいい部屋とは何かを語ります。
さらに、後半には有名人のちょっとした「こだわり」が原因で絶縁しちゃう(!?)という、極端すぎるエピソードも。兼好流のインテリア哲学をチェックしよう!
徒然草第十段の原文

この段の原文を読んでみましょう。
家居の、つきづきしくあらまほしきこそ、かりの宿りとは思へど、興あるものなれ。
よき人の、のどやかに住みなしたる所は、さし入りたる月の色も、一きはしみじみと見ゆるぞかし。いまめかしくきららかならねど、木だち物ふりて、わざとならぬ庭の草も心あるさまに、簀子、透垣のたよりをかしく、うちある調度も昔覚えてやすらかなるこそ、心にくしと見ゆれ。
多くのたくみの心をつくしてみがきたて、唐の、大和の、めづらしく、えならぬ調度どもならべおき、前栽の草木まで心のままならず作りなせるは、見る眼も苦しく、いとわびし。さてもやは、ながらへ住むべき。また時のまの烟ともなりなむとぞ、うち見るより思はるる。大方は、家居にこそ、ことざまはおしはからるれ。
後徳大寺大臣の、寝殿に鳶(とび)ゐさせじとて、縄をはられたりけるを、西行が見て、鳶のゐたらむは、何かは苦しかるべき。この殿の御心、さばかりにこそとて、そののちは参らざりけると聞き侍るに、綾小路宮のおはします小坂どの棟に、いつぞや縄をひかれたりしかば、かのためし思ひいでられ侍りしに、誠や、烏のむれゐて池のかへるをとりければ、御覧じて悲しませ給ひてなむと、人の語りしこそ、さてはいみじくこそと覚えしか。徳大寺にもいかなるゆゑか侍りけむ。
徒然草第十段のポイント解説
この段は、住まいに対する美意識と、それを通じて見える「住む人の心」について述べています。
📘 キーワード解説&テーマ
- 「仮の宿」だからこそこだわりたい
- かりの宿り: 人生は一時的なもの(仮の宿)だけど。
- つきづきしくあらまほしき: その人らしく、ふさわしい住まいであってほしい。
- エモい部屋の条件(シンプル・イズ・ベスト)
- いまめかしくきららかならねど: 今風でキラキラしてはいないけれど。
- わざとならぬ庭の草: いかにも手入れしました!という感じじゃない、自然な庭の草。
- 昔覚えてやすらかなる: 時代を感じさせる落ち着いた家具。
- こういう部屋に差し込む月の光こそ、最高に「しみじみ」感じられるのだと説いています。
- 成金スタイルへの毒舌
- 見る眼も苦しく、いとわびし: 豪華一点主義で飾り立てた部屋は、見ていて苦痛だし、むしろ寂しく見える。
- 時のまの烟(けむり): どうせいつかは火事で燃えて煙になるだけなのに。
- 部屋を見れば、その人の「人間性(ことざま)」がだいたい分かると断言しています。
- 「トビと縄」の絶縁事件
- 徳大寺大臣 vs 西行: 大臣が屋根にトビが止まらないよう縄を張ったのを見て、歌人の西行が「トビが止まるくらい何なんだ。心の狭い主だ」とガッカリして二度と遊びに行かなくなったという話。
- カエルのための縄: 別の宮様も縄を張っていたけど、それは「カラスが池のカエルを食べるのが可哀想だから」という優しい理由だった。理由が分かれば「素晴らしい!」となる。同じ「縄」でも、その奥にある心が大事だという話です。
徒然草第十段のエモ語訳
ねぇ、住んでる部屋ってさ、その人のセンスがマジで出るよね。
人生なんて、いつかは終わる「仮のシェアハウス」みたいなもんだけど、だからこそ自分らしく、居心地よく整えたいなって思うんだ。
センスがいい人の家ってさ、 別に「最新のデザイナーズ家具!」とか「高級ブランドのシャンデリア!」とかじゃなくても、
なんか庭の草が自然に生えてて、木々も落ち着いた雰囲気で、 置いてある家具も「おばあちゃん家から受け継いだのかな?」ってくらい、使い込まれてて落ち着く感じ。
そういう部屋に差し込む月の光って、マジで特別で、一気にエモい気分になれるんだよね。
逆に、プロの職人を呼びつけて、家中ピッカピカに磨き上げて、 海外のレアなブランド品をドヤ顔で並べて、 庭の木一本まで計算し尽くして作り込みまくってる家。
あーいうの見ると、正直「うわ、痛っ……」って思っちゃう。 見てるだけで疲れるし、なんか寂しくない?
どうせ死んだら全部燃えて煙になっちゃうのに、そこまで執着してどうすんの?って。 ぶっちゃけ、部屋を見れば「あ、この人こういう性格なんだな」って一発で分かっちゃうよね。
そういえば、昔こんな話があったんだって。
徳大寺っていう偉い人が、自分の家の屋根に「トビ(鳥)が止まって汚れるのがイヤ!」って言って、トビよけの縄を張り巡らせたの。
それを見た歌人の西行さんは、 「は? トビが止まるくらい、別にいいじゃん。そんな細かいこと気にするなんて、この家の主人、器ちっさ! マジ無理。」 って引いちゃって、それから二度と遊びに行かなくなったらしいよ。
でもね、最近別の宮様の家にも同じような縄が張ってあって、「え、この人も器ちっちゃいの?」って思ったら、実は理由が違ったの。
「カラスが池のカエルをいじめて食べるのが可哀想で見てられないから、守るために縄を張ったんだよ」って聞いて、みんな「神! 優しすぎて尊い……!」って感動したんだって。
同じ縄でも、理由が分かれば全然印象が変わるよね。徳大寺さんにも、何か深い理由があったのかなぁ?(ま、多分ないだろうけど!)
徒然草第十段の言いたかったこと
兼好法師が徒然草第十段で言いたかった結論は、
「住まいは、住む人の心の内側を映し出す鏡である。高級品で飾り立てるよりも、自然体で落ち着いた空間を作ること。そして、一つの行動(縄を張ること)の裏にどんな思いがあるかで、その人の真の品格が決まるのである」
ということです。
現代でも「見せかけのオシャレ」より「その人らしい落ち着く部屋」の方が素敵ですよね。そして、トビを追い払うのか、カエルを守るのか。その小さな選択にこそ、その人の本性が出るという兼好さんの鋭い観察眼が光る段でした!
2026年、私たちも「器の大きな、エモい部屋の住人」を目指したいね!
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