【徒然草エモ訳】第十八段「持たない贅沢」って結局何が言いたいの?

40代毎日使える美しい日本語

今回は、兼好法師が「マジな賢さ」と「豊かさ」について語った第十八段を紹介するね。

今の時代って、映えるモノをどれだけ持ってるかが大事になりがちだよね。

でも、兼好さんはあえて持たないのが最強」っていうスタイルを推してるんだ。

兼好さんが愛してやまない「昔の人のガチでエモい生き様」について、ギャル語で深掘りしてみよう!

徒然草第十八段の原文

徒然草第十八段のイメージ図

この段の原文は以下の通りです。一緒に読んでみましょう。

人は、おのれをつづまやかにし、おごりを退けて財をもたず、世をむさぼらざらむぞ、いみじかるべき。昔より、賢き人の富めるはまれなり。

唐土に許由といひつる人は、さらに身にしたがへるたくはへもなくて、水をも手して捧げて飲みけるを見て、なりひさこといふ物を人の得させたりければ、或時、木の枝にかけたりけるが、風に吹かれて鳴りけるを、かしがましとてすてつ。また手にむすびてぞ水も飲みける。いかばかり心のうち涼しかりけ。

孫晨は、冬の月に衾なくて、藁一束ありけるを、夕には是にふし、朝にはをさめけり。もろこしの人は、これをいみじと思へばこそ、しるしとどめて世にも傳へけめ、これらの人は、語りも傳ふべからず。

徒然草第十八段のポイント解説

徒然草第十八段のイメージ図②

この段では、便利さや贅沢を捨てて、何も持たないことで得られる「究極の心の平穏」について語られています。

📘キーワード解説

つづまやかにし:自分の生活をコンパクトにまとめて、贅沢をしないこと。

かしがまし:音がうるさくて、耳ざわりなこと。

心のうち涼しかりけ:執着がなくて、心の中がスッキリと澄みわたっている様子。

徒然草第十八段のエモ語訳

この段をエモ訳してみました。一緒に読んでみましょう。

そもそも、ミニマリストって尊くない?

自分をアップデートして、見栄や贅沢をバッサリ捨てて、余計なモノを持たない

そんな風に世の中の欲に流されずに生きるのって、マジで尊いことだと思う。

というか、昔から本当に頭がいい人で、お金持ちだった人なんてほぼいないしね。

だけど、便利すぎるとノイズになる説

例えば、中国に「許由(きょゆう)」っていうガチのミニマリストがいたんだ。

彼は自分の持ち物なんて何一つ持っていなかった。

喉が渇いたときも、川の水を両手ですくって飲むスタイル

それを見ていたある人が、「これ便利だよ」って器(ひさご)をくれたんだよね。

一応受け取って、彼はそれを木の枝に吊るしておいたんだ。

だけど、風が吹くたびに「カラカラ」って音がして、それが超絶うるさい

だから、「集中できない!」って言って、彼はその器をすぐ捨てちゃったんだ。

だからこそ、何も持たないのが一番チルい

そしてまた、彼は手で水を飲む生活に戻ったんだよ。

そのときの彼の心の中って、一体どれほどチルで、涼やかだったんだろう。

あと、「孫晨(そんしん)」っていう人も、冬なのに掛け布団すら持ってなかった。

ただ、一束のわらがあるだけ。

夜はそのわらに包まって寝て、朝になったらそれをサッと片付ける。

結局のところ、昔の中国の人は、こういう生き方を「エモい」と思ったから記録に残したんだ。

今どきの欲まみれな人たちのことなんて、語り継ぐ価値さえないのかもね。

徒然草第十八段の言いたかったこと

兼好法師がこの段で言いたかった結論は、

徒然草第十八段ポイント

本当の豊かさとは、モノを所有することではなく、執着から自由になることである。便利さや贅沢は、時に心の静寂を乱すノイズにすぎない。私たちは、物理的な豊かさに惑わされず、何も持たないからこそ味わえる「心の涼やかさ」を大切にするべきである。

ということです。

徒然草第十八段のキーワードは、「いかばかり心のうち涼しかりけ」

私たちの部屋も、スマホの中も、もう少し「涼しく」整理したいものですね。

整理整頓についての本を読んだ後の感想を「ブクスタ」で書くと、誰かのためになるかも。

コメント